書評

「センス入門」レビュー 松浦弥太郎著 つまりセンスがいいとはどういうことなの?

センス入門

こんにちは。ロビン(@chiteki-robin)です。

先日、神戸の異人館に行ってきました。

関西に住んでいながら初の異人館めぐり。全部回りきれなかったのでまた次回に持ち越しです。

 

100年以上の時を経て、色褪せない魅力を持つモノとガラクタになってしまうモノの違いは何だろう?

そんな疑問が生まれました。

なぜそんなに古くなってしまったモノに魅力を感じるんだろう?

センスのいい調度品、建物、絵画。

人々を惹きつける「センス」って一体何ですか?

 

「センス入門」

著者は雑誌「暮らしの手帖」編集長の松浦弥太郎さん。

この本すごく良かった!ぜひ読んでください。

レビューを書く時は付箋を貼りながら読むのですが、150ページほどのそんなに厚くない本に20カ所ぐらい貼り付けてました。

何度でも読み返したい本です。

 

常日頃「センスがいい」と人から思われたい願望があります。

だって「センスがいい」って最高の褒め言葉ではないですか?

なんとなく自分の存在や考えすべてを認められた感じしません?

でも「センスがいい」ってどういうことかと聞かれて初めて、そもそも「センス」とは何か?ということもわかっていないことに気づきました。

 

著者は「センス」とはまず最初に「選ぶ」ことや「判断する」ことだと仰ってます。

以下、「センスのある人」まとめです。

 

「センスのある人」は素直です。

透明な目で見て、物事の本質を見極めています。

 

「センスのある人」はバランスが取れています。

良識をわきまえているので、どのようなことが起きても平等に対応します。

 

「センスのある人」は自らの経験でしか語りません。

口コミやランキングなどは真の情報ではないからです。

 

「センスのある人」は社会性を重視します。

社会の一員として仕事や生活を営むことが究極の目的だからです。

 

周りから好印象を持ってもらうことが「センスがいい」ということです。

おしゃれな服を着ただけで「センスがいい」人にはなれないのです。

「センス」はこれまで経験してきたこと、価値観、美意識を基にして内側からにじみ出てくるものなので、ある日を境にいきなり「センス」が良くなるということはまずありません。

 

要するに、ドアの閉め方、コップの置き方、話し声のトーン、挨拶の仕方、そういう至る所で私たちは「センス」を露呈しています。

 

「センス」について調べているうちにコシノジュンコさんのインタビューにたどり着きました。

コシノさんは「センスとは人間の総合力」と仰ってました。

ずっしり腑に落ちました。ありがとうございます。

 

人は人を選びます。視点を変えると、自分も誰かから選ばれています。

「センスのいい人」は選ばれます。

選ばれる立場であることを意識すると、身の振り方も変わってくるはずです。

「自分は選ばれない」と嘆いている人は、自分以外の他人を認めていないことが多く、素直さに欠けていると著者は指摘しています。

他人がいいと勧めるものを興味がなくてもひとまず試してみるという素直さが足りないのです。

たとえそれが失敗だったとしても、「経験」にはなります。

「センス」はそういう所から生まれて磨かれていきます。

「人から聞いた話だけど、、」「本で読んだけど、、」という話よりも自ら体験したことを語れる方が魅力的ですよね。

今は何でもネットで情報が収集できるので、行動を起こす前からやめてしまったり「失敗」しない方を最初から選んでしまっている。それではいけない。

という話をされてるのですが、これは私も耳が痛かったです。

それはあくまでも他人の意見であって体験であるので、そんなものを基準にして「当たり」を続けていると自分が感動する機会を逃し続けることになってしまいます。

興味があればまず飛び込んでみる。

「これは失敗だった。ありがとう」

そう思えるようになれば、「センスのいい人」上級者です。

 

「センスのいい人」を真似る

その人のどこに魅力を感じるのか、言葉では表現しがたい曖昧なものを言葉で表現できるようきちんと考える。

その人が何を見て、何を聞いて、何を読んでいるのかを徹底的に調べる。

例えば、その人の読んでいる本がわかればその著者が何を見て、何を聞いて、何を読んでいるのかを調べる。

という風にたどっていくと、その魅力の本質が理解でき吸収できると述べています。

「センスのいい人」のセンスを盗む、というのはよく聞きますが、さらにその先にいる人が何を見て聞いて感じているかまでたどっていくという所までは考えが及びませんでした。

大変な作業かもしれないけど、好奇心があればこそなせる技。

これはすごく真似したいと思いました。

 

「重要文化財」をたずねる

未来に受け継ぎたいほど大切なものには間違いなく大きな魅力があります。

美しさとは何か、肌に触れて、文化や歴史をたどっていくことは教養を深めます。

本や写真で見るだけではダメです。自ら足を運んでそれらが佇む空気に触れることが大切です。

また、著者は美術館へもよく行かれるそうです。

税金で運営されている公立の美術館より私財を投げうって運営している私立の美術館の方が、個人のセンスが光っていておもしろいとのこと。

私も美術館は好きでよく行くのでちょっと調べて行ってみたいと思います。

 

「勇気」を持つ

チャンスは人々に平等に与えられています。それをものにするかしないかはほんの少しの勇気の差です。

いざと言う時に勇気を出せるか出せないかで人生が大きく変わります。

これは私も実感しています。

勇気を出して一歩踏み出す行動は、もしかするとその時は失敗に終わるかもしれない。

でも後々、何か別の形に変わって必ず自分の元へ「勇気を出したプレゼント」が届きます。

信じてください。保証します。

 

「両親」を手本にする

両親をよく見る。目の前で人生はこういうものだと教えてくれているのに、学ばないのはもったいない。

私はそういう風に考えたことは一度もなかったので、衝撃的でした。

日本は儒教の影響が強い国なので、小さい頃から「親を敬え」とみなさんもよく言われたと思います。

著者はそういうことを言っている訳ではありません。

歳を取るとこういう風になるんだ、こんな風になりたくないから自分はこうする。

そういう見方でも構わない。とにかく両親を見る。そこに学ぶべきものがある、と。

 

「センスの良さとは生きることのすべて」

著者は最後にこう述べてます。コシノさんの言葉にも通じますね。

ファッションセンスだけがセンスではなくて、お金や時間の使い方、仕事のやり方、話し方、人付き合いなど生活すべて含めてバランスが取れた状態が「センスの良さ」に通じます。

 

昨日まで興味がなかったけど、今日突然やってみようと思い立った。

あんなに夢中になっていたものが、今ではまったく魅力を感じない。

どちらもよくあることです。

今日思ったことだけが絶対ではないという感覚をいつも持ち続けること、日々変わっていく自分を許し変化をやめないことが大切だと最後に結んでいます。

その中でバランスを保つというのが「センスがいい」ということなんでしょうね。

どちらにせよ、自分の想いに対して「素直でいること」、他人に対して「心を開くこと」が重要なんだと思いました。

 

昔「ちょい悪オヤジ」が流行っていた頃(なつかしい)、そのブームを仕掛けた雑誌「LEON」の編集長の密着取材番組を観ました。

「この雑誌を読めば、ちょい悪オヤジになれますか?」という質問に対して

編集長が「それだけでなれるわけない。この雑誌の中に教養はない」と鼻で笑って答えていたのを思い出しました。

 

「センス」というのはきっとこういうもの。

毎日電車で通り過ぎる風景から、流れる音楽から、街中で耳にした言葉から、今日食べた食事から、挨拶を交わした誰かの笑顔から、あなたはセンスを盗み出す。