書評

「心とからだのサビをとる シンプル禅生活」レビュー 何のために坐禅をするのか?

シンプル禅生活

こんにちは。ロビン(@chiteki-robin)です。

近頃、「禅」が注目されています。

禅といえば、坐禅を思い浮かべる人が多いと思います。

何のために坐禅をするのか?

「無心」になるためです。あらゆる雑念を断ち切って、「自分が、自分が」という執着心を手放すためです。

何かを考えたり、頭でわかったつもりになることを止めることです。

これが意外と難しい。

 

「心とからだのサビをとる シンプル禅生活」 金嶽 宗信著

禅宗では「不立文字(ふりゅうもんじ)」と言って、本当に大切なものや真実は文字で伝えられないという世界観があります。

実践して初めてその境地に至るということでしょうか。

 

スティーブ・ジョブズが禅に傾倒していたのは有名な話ですね。

彼は経営方針や自ら開発する商品においても禅の世界を体現しようとしました。

 

 

シンプルであることは、複雑であることよりもむずかしいときがある。

物事をシンプルにするためには、懸命に努力して思考を明瞭にしなければならないからだ。

だが、それだけの価値はある。

なぜなら、ひとたびそこに到達できれば、山をも動かせるからだ。

 

 

アップル製品を購入したことがあれば気づくと思いますが、箱等の包装のみならず、箱を開けて商品を手に取るまでの過程においても「究極のシンプルと美しさ」を追求しました。また、誰も見ることのない内部基盤のデザインや配置にまでこだわったそうです。

10代、20代の頃は「自分さえ努力すれば結果は自ずとついてくる」と頑なに信じていたけど、もう少し大人になると、自分一人の力では解決できない問題が人生において多々あるのだと気づきます。

 

自分がどんなに健康管理していても、家族は病気になる。

毎日一生懸命働いていても、突然会社が倒産する。

考えても答えが出ない、どうにもならない問題ってありますよね。

大人になってからの悩みって、そのようなことの方が多い気がします。

 

自分の力でどうにもならない問題に対処する力を身につけることで生きやすくなると思うし、起こる問題すべてを解決していかなくても生きていけると気づくことで真の人生の醍醐味がわかってくるんじゃないかと思います。

この本には坐禅の方法が詳しく載っているのですが、坐禅する目的というのは「三昧」の境地を味わうことです。

無心になるとはただ何も考えないということではなく、雑念や邪念が入る余地のないほど目の前のことに集中することをいいます。

 

禅語で「遊戯三昧(ゆげざんまい)」という言葉があるのですが、これは遊ぶがごとく目の前のことに集中することを表します。遊びや好きなことだけでなく、苦手な仕事や嫌いな勉強も感情に囚われることなく集中できれば、人生すべてが遊びになるのです。

日頃から坐禅をしていると、集中モードへの切り替えがうまくなり、集中することでストレスや不安を洗い流すという効能があると言われています。

 

坐禅を組むことだけが禅ではありません。

禅は日常生活すべての中にあるものです。

 

禅は単なる宗教ではなく、日本文化に深く根づいています。

茶道、華道、書道など「道」と名のつくものは禅の影響を強く受けて派生したものです。

字を書くことやお茶を飲むことさえ禅の心で集中して取り組むことで道ができていくのです。

質素な食事を心がけること、身辺を整え掃除をすること。

よく眠り、最低限の食事を摂っていれば人間生きていけます。

もっと人はシンプルに生きていけるはずなんです。

食べきれないジャンクフード、着ない洋服で詰まったクローゼット、24時間垂れ流しの情報。

現代では普通に生活をしているだけで余分なものが入ってきて大事なものをどんどん失ってしまってます。

 

だからと言って、悲観する必要はないし、すべてを排除しようとしたり抗ったりすると疲れてしまいます。

そんな時はゆっくり散歩でもして空を見上げてお茶を飲むといいですよ。

これが禅の心です。

生きてる限り、誰でも迷うし不安になるし悩みます。

それをさらっと流す心意気も大切です。

悩みをすべて解決しなくても大丈夫。

 

日々是好日(にちにちこれこうじつ)」という言葉があります。

晴れの日も嵐の日もかけがえのない一日、という意味です。

必死に何かを頑張ることも大切だけど、目の前のことを受け止めて味わい尽くす。

「何のために生きているのか」

そう思う時、必ずそこには他人の評価を求めている自分がいます。

 

百花春 至 誰 為 開(ひゃっかはるいたってたがためにひらく)

春に咲く花は誰のために咲いているのか?

誰のためでもなく、ただ咲いている。その姿に多くの人が慰められます。

誰かのためは自分のため。

 

この文章を書いているだけで心が洗われました(笑)

いえ、人生は実践です。

頭で考えて知識だけ詰め込んでノリの悪い大人になるのはもったいないですよ。