書評

「八日目の蝉」レビュー 永作博美演じる女がなぜか悪い人だと思えない理由

八日目の蝉

こんにちは。ロビン(@chiteki-robin)です。

これから私の読書録を書いていこうと思います。

 

「八日目の蝉」

この作品は映画化もされて話題になりましたね!

井上真央さん、永作博美さん主演。

私は原作を読んだ後に映画を観たのでストーリーを知っていたのですが、お二人の演技力が素晴らしく最後まで目が離せませんでした。

 

著者は角田光代さん。

角田さんは本当に女心の描写が巧い作家さんだと思います。

女同士の空気感とか、交錯する想い。

自分が経験してきたことに重なって、めちゃくちゃ共感できる。

直木賞を受賞した「対岸の彼女」も確か一気読みしました。

 

この小説のあらすじを説明すると、前半は愛人の子を誘拐した女の数年の足取り、後半は誘拐された子のその後の人生が書かれています。

 

「愛人の子を誘拐する」という出だしからショッキングなストーリーなんですが、なぜか最初から最後まで重さを感じさせません。

 

誘拐が犯罪だということを忘れさせられるぐらいの爽やかさです。
(いえいえ犯罪ですよ。絶対にいけません!)

重大な罪を犯し特異な生活を続ける女にも、ありふれた日常があってごく普通の人の感覚があって。

物語の核となる小豆島での生活模様がやけにリアルで、島に吹く風まで想像できてしまうぐらい爽快に描かれてます。

 

この子を守ってあげたい

 

親が子に抱く、当たり前の感情。

いわゆる母性と呼ばれるもの。

これがこの物語の一貫したテーマとなっています。

 

読んでいない人の為に、ネタばれに繋がるようなことを書くのはやめておきます。

物語の中で二人の女性は同じことを想います。

 

世界中の綺麗なものをこの子に見せてあげたい
世界中の綺麗なものをこの子に見せてあげたい

 

この気持ち、よくわかる。

この感覚、男性にはあるのかな?

女性特有の感情ではないかと思います。

母性が究極に達すると新たに形を変えてこういう想いに変化するのではないでしょうか。

 

それはとても美しくて清らかで何の打算もない純粋な想いです。

悪意なんて1ミリもありません。

そのことがよくわかるから。

結果的に犯罪を犯してしまったけれど、この主人公がなぜか憎めないのです。

 

でも、同時にそれは過激なエゴでもあります。

これは私の所感ですが。

 

自分がどれだけ強い想いを抱いていても、相手がそれを望まなければただの押し付けです。

自分の幸せと他人の幸せには、必ず境界線があります。

それを忘れてしまってはいけない。

誰かの幸せが自分の幸せであっても、自分の幸せが誰かの幸せとは限らない。

 

誘拐された子は、その後苦しみます。

血は繋がっていなくとも、女は立派な母親でした。

この子の幸せだけを願っていたのに。

 

本当に本当に本当に相手のことを想うなら、何も言わずに黙って100歩ぐらい引いてすべてを委ねることも、それもまた大きな愛情の選択ではないのかと思うのです。

 

愛情表現って難しいですね。

 

与えない愛情、祈るだけの愛。

そういうものもこの世には存在するのかも。

今まで気づかず通り過ぎた、埋もれて隠れてしまった愛もこれまでにあったのかな。

多分、きっとね。あったんです。

あなたに伝わらなかった愛情が。

そんな見えない優しさに気づける人でありたいですね。

今更ながらそんなことを考えてしまいました。

 

 

— 八日目の蝉は、ほかの蝉には見られなかったものが見られるんだから。

 

 

他人の目に映るものや何を感じるかなんて推測することしかできないのだから。

誰かの見ている風景が美しくても美しくなくても、自分にはどうすることもできない。

正解なんてどこにもないけど、バファリン級の優しさで見守って信じることができたら最高に幸せなのでは。なんてね。